2030年問題とかよく知らないけど言いたいことは分かる

春なので来年のこととか考えていた猫です。

2030年っていうとあと10年ちょっと。
差し迫った課題があるなんてちょっとピンとこないかもしれませんね。
でも、20年後とか30年後とかに都市機能がじわじわと死んでいくかもね~と考える理由とか、それに伴う不便さの恐怖は分かる。

だから、そろそろ大きく行動しようかなぁという気持ち。

サービスの話

要するに、過疎地域ではサービスの競争が起きない。
資本主義社会では、同業他社が存在して初めて切磋琢磨が始まる。同業他社がいなければ永遠に売り手市場が続く。
ライバルがいるからこそ、サービスに独自の要素ができたり品質や価格の競争が行われる。
資本主義社会ではそういう競争が起きている状態を健全と定義しているので、独占禁止法とかもある。

(ちなみに、生活必需品等のサービス・商品は競争の中で均質化していき、付加価値やホスピタリティなどで勝負をかけるのがセオリー。茶を含む趣味嗜好品は品質価格風味なども含めて多様化していくのがセオリー。嗜好品の側面が存在している以上、自分の気に食わない方向性を貶すのは市場の縮小を希望します、という意味にしかならないと思う。あるいはノイズ)

しかし、過疎地域では特にレントシーキングなんてしなくてもライバルが現れない。
高くてサービスがイマイチな店は永遠にそのままだし、なんかイマイチな店でもそこしかなければ通わざるを得ないし、独自の付加価値も出てこないから買い手はちょっとずつの損をする。
これらについては10代とかのほうがもっとシンプルに理解していると思う。

これが働き手不足で医療分野とかにも起きるからまずいよね…というのが過疎地域の身近な未来の問題なんじゃないかと思う。
通販で購入できる商品もあるけど、実際に見ないと決断できない&想像と違ったというトラブルはつきまとう。
また、身近の実店舗は更に減っていく。
そもそも20年後の宅配サービスって今より好転しているのかなぁという問題もある。

次々に魅力的なサービス・商品が現れる状態について

ECサイトの比較で特に話題に上がるのはAmazonと楽天だが、商品のオススメ機能の精度について面白い言及があった。
『Amazonはゲーム機を買うと次はソフトをおすすめしてくる。楽天はゲーム機を買うと色違いのゲーム機をおすすめしてくる(だからイマイチ)』

この例はゲーム機なのでちょっと極端だけど、要するに、
Amazonは関連プロダクトをユーザに通知するが、楽天は同テイストの商品を通知してくるから購買意欲をそそられない(煩わしいだけ)
という意味のようだ。

たしかに、イヤホンを新調した直後にまたイヤホンを勧められても気になるな~とは思えない。(自分が選択したイヤホンよりよかったら嫌だから、むしろ見ないようにする可能性もある)
オーディオプレーヤーとかを勧められたらちょっとそそられる。

上のような反応からは、消費者は次々と消費を促されることを快適だと感じている、ということが伝わってくる。
オススメ機能によって不断の願望(欲望)のイメージがどんどん肯定されていくのは当たり前になっているんだなぁと思うと、昔の人の予想より消費社会は加速していると感じる。

先々のことを考えないという智慧

少し先の未来について考えていると、だいたい「そんな先のことなんて考えなくていいのに」「杞憂だよ」と言われる。
だいたい時間なんてものは今の一瞬だけが現実ですべてはあっという間に通り過ぎ、そしたらみんな喜劇だよ、みたいなニュアンスで。

時間や人生の虚しさ(不断の流転と不断の願望)を実感すると、

現在を享楽し、そして、それを自らの生活の目的とすることこそ、最も大きな智慧である。
なんといっても、現在だけが唯一の実現であり、その他のものはすべて思考の遊戯に過ぎないのだから。

と考えるようになるらしい。(ショーペンハウアー曰く)

でもそうすると、結局そんな一瞬のために真剣に努力する気になるか?という問題が降り掛かってくるのではないだろうか。
私からみるとそれは「泡沫みたいな現在や幸せのために不条理ばかりの人生を続けていく気になるのか?」という問いと同じだ。
先人はどんな答えを出したのか気になる。

とはいえ、考えても仕方がないことを考えないのも昔ながらの処世術として一理ある。
現在の維持に心を砕くのもひとつの選択として尊重されるべきだろう。

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