ご無沙汰してますー、猫ですー。
風邪を引いたり、次の予定を整理したり慌ただしく過ごしていました。
最近読んだ本のなかで、とくに印象的だったのがオルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」です。
どの訳がいいのか迷って、結局一番新しいのにしました。
以下ネタバレ注意です。
すばらしい新世界
すばらしい新世界の舞台は、フォード紀元632年。(そう、あのフォードです)
西暦でいうと、26世紀くらいにあたるそうです。
現代(21世紀)と比較して特徴的なのは、
- 機械化された出産と死別
- 階級制度(TRPGのパラノイアのような感じ)
- 麻薬っぽいもの(ソーマ)の定期的な配布
- 無限に肯定された大量生産と欲望(フリーセックス)
かな、と私は思いました。
最初に独白のように世界観を説明する作品ではなく、読み進めるにつれて全体像がわかる形式だったため、見落としているところもあるかもしれません。それって、私がその価値観を違和感なく受け入れているってことになるのでしょうか。
世界観の根底にあるのは、大量生産社会。出産という形式はなくなり、人間の生産も工場化されています。その象徴として崇拝対象になっているのが、フォード。十字を切る代わりにTを切るシーンがあるので、大量生産されたT型フォードを指しているみたいですね。
イメージとしては、産業革命時代を転機に生まれた消費社会を、ショーペンハウアーが危惧していたとおりそのまま発達させたような社会です。
フォード紀元の世界には、家庭という共同体はありません。代わりに「すばらしいこの社会」という共同体があります。この辺りは、どちらかというとアジアの集団主義社会の雰囲気です。階級制度もまた、そういう集団主義社会を強化するための仕組みとなっています。
集団主義社会だから「命令された通り」の方が成績が上がる
やや脱線するのですが、この本を読んだアメリカ人(及び個人主義指標が高い人達)は、たぶんこう言うと思います。
「自分に焦点を置かず、集団の目標を重視するってこと?」
「そんなの、学習意欲や仕事の意欲に支障が出るはず」
これは面白い話なのですが、学習や意欲の動機は文化背景によって違うそうです。
個人主義社会の人たちは他者が介在した選択(親にこうしなさい!と言われるなど)では、あきらかに意欲・成績が下がりましたが、
集団主義社会の人たちは、成績が上がり・自発的に取り組みました。
その違いは、他者との関係性が自らのアイデンティティに組み込まれているかどうかにあります。
「すばらしい新世界」の住人は、自分はこの完璧な世界を構成する一員だ!社会のためになることをしよう!という考えを、睡眠学習で植え付けられているように思います。つまり、社会の一員としての義務が、自分のアイデンティティの大半を占めています。なので、命令されたとおりの行動を続けていても、問題なく成果は上がるとみられます。
(当然、ふとした瞬間に矛盾は感じるのですが、それは定期的に支給されるソーマ(麻薬?)できれいさっぱり忘れましょ。)
文化背景として近いものがあるので、個人主義社会の住人よりも集団主義社会の住人のほうが、すばらしい新世界は読みやすい(住人の状況がわかりやすい)かもしれません。
一人っ子の国
話は変わりまして、Amazonが中国に喧嘩をふっかけたのかなと思ったドキュメンタリーがあります。
このドキュメンタリーは、中国の一人っ子政策がどういうもので、どんな影響を及ぼしたのかを追いかけています。ドラマを制作した中国人スタッフは、全員一人っ子政策世代の生まれだそうです。
一人っ子政策は、もともと人口増加を抑えるためのもの。見ていて、すばらしい新世界のようだなと思ったシーンがいくつかあります。
このドキュメンタリーの主人公らしき女性が母親に尋ねます。「今でも政策に賛成?そんなに深刻だった?」
母親は答えます。「そうするしかなかった。昔の暮らしは悲惨だった。犠牲に値する政策だった」中絶を担当した医師や、村の役人も言います。「仕方なかった」
この番組では、その背景にあった歌劇や街頭広告、幼児用の本や歌の存在も示唆しています。
人口コントロールのためのディストピア
すばらしい新世界のなかでとくに強調されているのは、出産(人口増加)を完全にコントロールしていること。出産さえ管理できれば、爆発的に人口が増えることも、労働力不足に陥ることもないのです。
また、幼児期からの睡眠学習で、道徳観念を刷り込んでいます。そうすることで、不要な疑問を抱くことを防ぎ、暗唱した道徳的フレーズを唱えればさまざまなことに納得できる状態になっています。
他の本やゲーム(たとえば、ジョージ・オーウェルの1984年)では、ソ連のような社会をディストピアして扱っていることが多いのですが、すばらしい新世界は少し毛色が違います。
21世紀のわたしの視点から見ると、一人っ子政策をもっと過激に・消費社会をもっと推し進めた先にあるのが、すばらしい新世界のように思えます。
ファストファッションを1シーズンで着潰す様子をみると決して他人事ではないのですが、イギリス人のオルダス・ハクスリーがこのような集団主義社会の姿を記せたこと、それ自体がとても面白いと思いました。