ムラ的表現と趣味の世界

猫でした。

SNSを通していろんな趣味の世界を垣間見る事ができるようになりましたね。
そこの住人ではなくビジターとしてちょっと見に行くことができるのは、とてもいいなと思います。
それも、展覧会や個展だけではなくインターネットから…と、ずいぶんと気軽になったように思います。

趣味界隈でのムラ的表現

そんなふうにしていくつかのマニアの世界を見ていると、界隈を越えて使われる表現があることに気づきました。
近年で言うと「推し」「沼」「遠征」などが特に広まったかな、と思います。

これらはもともと一部の界隈でだけ通じる特殊な言葉(ムラ的表現)だったはずです。
が、SNSなどでさまざまな趣味の世界がつながることで共感を得て、広く使われるようになったようです。
元は小さなグループ内の隠語だったのに、広まることで「マニア気質のあるある語」のように使われているのはとても面白いと思います。

界隈を飛び越えたムラ的表現のメリット

私は、これらの表現についていくつかの面から「いいな~」と思っています。
代表的な理由を挙げるとこんな感じです。

  1. 新参者に疎外感を与えない(知っている表現があると安心する)
  2. 他のムラ(趣味界隈)の住人にも通じる
  3. 隠語として一体感は与えられる

つまり、私は茶沼の住人ですが、界隈を飛び越えたムラ的表現を用いれば他の沼の方にも言外のニュアンスが伝わるということです。
すでにドハマリしている趣味がある相手に共通表現を使用すれば「あ、お茶も割と似た感じなんだな」と親近感を持ってもらえると思います。

また、これらの表現を用いることで趣味にのめり込む気質の人々の間での意思疎通がスムーズになります。
これは趣味人間での合意形成に役立っていくことでしょう。

界隈を飛び越えないムラ的表現のメリットとデメリット

界隈を飛び越えないムラ的表現というのは、つまりその趣味界隈専用の表現を新たに作ることです。独自表現によって合言葉を作るようなものですね。

これを意識して作成・使用すれば、より一体感は高まるかもしれません。
しかし、そのような語彙のみを使う場所に初心者、あるいは通行人が飛び込む気になるか?というと疑問です。
その語彙を使いこなせない人を排斥することになりますし、複数の趣味を持つ人は「趣味ごとに語彙を使い分け無くてはならない」という状態になります。

界隈の外の住人から見ると、その趣味特有の専門用語の時点ですでにムラ的表現が多々ある状態です。
少し他の趣味との共通表現を混ぜてあげるほうが、とっつきやすいのではないでしょうか。

趣味を布教するにあたって

趣味の布教というと、何の趣味も持たない人に趣味の楽しさを教え込もうとする人が多いように感じます。
しかし「趣味を持たないことが合う気質の人」というのも多々います。
さまざまな理由で趣味を持てない人、仕事が趣味の方もいるので、大声で勧誘するだけではイマイチです。

私は、SNSの普及によって「マニア気質の人は何でも凝る」という傾向が見えてきたように思います。
なぜなら、彼ら・彼女らはすでに凝る楽しみを知っているからです。
その人たちを引きずり込むのなら、趣味人に共通する語彙を駆使して親近感を持ってもらうのがいいのではないか?と考えています。

趣味を人に布教する場合、私達のパイは全人類ではないと感じています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする